このページでは、スタジオナニワの初代からの歩みを懐かしい写真とともに私、四代目三野文子の記憶をたどってご紹介させていただきます。
年代
写真
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明治
初代館主 足立命作(めいさく)が創設した「浪速写真館」の外観です。
当時は住まいとスタジオが同じ場所にあり、スタジオは三方と天井がすりガラスで電気を使わず、太陽の光のみで撮影していました。
天井には白い幕を張って、竹の棒で光の調節をしていました。
初代は写真師なのに写真を撮られるとを嫌って、一枚も写真が残っていません。ここに写っているのは、三代目、三野調(しらべ)です。ちなみに私の母です。

明治
二代目、足立命心(よしね)です。
幼い時から写真師になることが決まっていました。

「書割(カキワレ・風景)」の前で張り子の犬とのワンショットです。このころは学生生活を謳歌しながら、写真師としての初代からの厳しい教えを受けている頃です。

昔は、3人で撮影すると真ん中の人が亡くなるという言い伝えがあったため、3人で撮影のときは、この張り子の犬や猫を使っていました。


明治

三代目、三野調(しらべ)です。
四代目、私(文子)の母です。
只今制作中です。もうしばらくお待ちください。